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カニを食べる時はなぜか無言

我家では年に一回全員の誕生日のお祝いを込めてかに道楽に行って食事をする事が数年前から行っています。

はじめは女房が仕切ってやっていましたが、今は空から参加してくれています。

カニはやっぱり美味しいですね。

でもね、イメージとしては高いですよね。

いや、高くて当たり前。

その辺にいないし、素材の良さもありますが、素人にはなかなかできませんからね。

そんな事を踏まえているから、食べていても少し良い気持にもなれますね。

でも、高いと言ってもランチ的な料金で4時前に入ると5千円以内でかなり良い感じのコースが頂けますよ。

お酒さえたくさん飲まずにいたら本当に良いです。

年に一回の事です、ランチ5千円ご褒美として良いじゃないですか。

でて来た!

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刺身はたまりません、甘いでした。

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茶碗蒸しやグラタン、本物のカニで家じゃ作れませんからね。

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もっと言いましょう

天ぷらや、釜めし家じゃ絶対に無理な物です。

食べると言う事、人が良くなること、私は忙しく今動いている事が多く、食事はほとんど朝、昼は立って食べています。

良くてお弁当、ほとんどはご飯に海苔や明太子、ふりかけ、それはそれで好きなんですけどね。

野菜は夜にとるようにしています。

家族全員が揃うなことは数ヶ月に一回、集まると色々話も弾みますが、カニの食事会は無言か。

会話も受け流し的に手だけが、カシャカシャ動きます。

会話大好きな私でさえ、カシャカシャ、耳かきみたいな物でカニをほじくってますね。

また来年も会話大好きな我家がカニで無言になる。

剣道のとき子供への指導の時の心

結婚してすぐにある道場の指導を任された時に誓った事。

親が出来ない位細かな礼儀や上下関係、そして厳しさ。

剣道は辛いものと私は思っています。

でも、その辛く厳しい中に何か今にない物があると思っています。

それは人と人が誓い合い、信じ合い、助け助けられ、そして何より礼儀を重んじての人間愛。

今まで指導してきた人(子供も大人も)先生は誰よりも一番怖く、厳しく、妥協が無い、面をつけると人が変わる。

そう、親が見ている前でも平気でその子を床にころばし、突きを打ち、体当たりをする。

そして大きな声で怒鳴りもする。
まさに傍若無人とは私の事だと思っています。

でも、それが嫌なら私に習わなくても良いし、もっと言ってしまえば剣道というものに適していないのかもしれないと思う、それなら別な物に取り組んだ方がいいとも思っている。
なにも剣道が全ての人の一番ではないから。

でも、それを乗り越えた子や人たちにはとても深い愛情を感じ家族とも感じる。

指導を始めた時、これだけは守ろうと思った事。

厳しく指導する事は心に余裕が無くてはできない事、まして他の人のお子さんを預かっているのだから間違えは許されない。

厳しくする事は変な言い方ですが、いつでもできる。

ただその時の気持ちはどんな時?

自分と向き合う。

もしかして剣道以外で嫌な事があったから、そのうっ憤晴らしで怒っていると思われる事が一番ダメな指導者だと私は感じていました。

だから今日は厳しく指導しようと思う日は、剣道以外で良い事があった日、そんな時は心が明るく嬉しく、優しい心になっている。

だから剣道の指導の時厳しく、いつもより厳しくする。

なぜというと気分が良い時は、感情的にならず、純粋にその子たちのもう少しそこ頑張れという心で行えるから。

もし仕事や人間関係で嫌な事があった時、今日は厳しくすると思ってやると、知らず知らず感情が別な意味で発散される可能性があるから。

立派な指導者ならそんな事は無いと思いますが、まだまだ未熟な私は嫌な事があった時は子供たちを怒らない。
いつもより、優しく笑顔を持って剣道の時間を過ごす、それが出来なくなったら剣道の指導は辞める事にしようと思っていました。

怒る事は感情ではなく、本当にその子のためを思って怒らないと指導ではないから。

逆に良い事があった時は、火が出るような勢いで小さな事まで追いつめるように指導する。

それは子供たちにとって地獄の日だ!

と思う事もあったと思います。

ある時昔教えていた子から

「厳しい時は先生の目は意外と優しい目をしているけど、笑っているときは何かを抑えて作り笑顔している。この時の方が本当に爆発したら大変な事になると思っていました。」

ははは、見抜かれていたか!

と思いつつだからこの子たちは強くなり、今でも立派になっているとわかりましたね。

そう、厳しくは心に余裕がある時にする。

嫌なと心の時は、子供たちもこんなに頑張っているんだから、少々嫌な事があってもしょうがないよ、人生だから、と思うようにしています。

ちなみに、私は嫌な事があっても記憶力は悪いから忘れて、今生きている事は幸せと思うようになっています。

という事は子供たちの指導は厳しい時が多かった事になりますね。

過去、今でも、厳しい指導は気分が良いから余裕があるからしていますと言う事になりますね?

まだまだ未熟な指導者の良い訳かもしれません。

今年の秋に三年ぶりに八段審査に臨もうと思います。

師匠にも稽古を頂きに行きたいと考えています。

もちろんご気分のいい時に。

これから書き込みは剣道の事が多くなると思いますが、私なりに日頃の生活を楽しくし、そして剣道
に対する心を自分に厳しく行っていこうと思います。

五月の休みダイビング

五月の休みはスカイダイビングに行ってきました。

もちろん私は写真を撮りにですけどね。
軽めな高所恐怖症な私はお金をもらっても飛びませんよ。

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友達がスカイダイビングを始めた事をきっかけに今回参加させて頂きました。

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飛行機に乗り込む姿はまるでアルマゲドンのようにも感じ、そして飛び立っていく飛行機の後ろ姿にそっと無事に帰ってこいよと祈る私がいましたね。

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雀も見送っていた。

前日の雨は上がったものの少し雲が厚い感じその雲めがけて飛行機が飛んでいく。
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降りてくるまで少し時間があり少し見ていると、なんとゼロ戦がいた!


これは今でも飛ぶんだろうかと興味が湧きましたね。
タンデムというのは二人で飛ぶけど、やはり私には無理だ。
さぁ、そろそろ下りてくるぞ!

なんかこっちの方が緊張してきた。

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あ、開いた!
いくつもの小さな花が咲くようにパラシュートが開き、舞い落ちてくる。

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そして無事に着陸。
安全とはわかっていてもやはりホッとしますね。
空中で笑顔を確認、きっと面白く、気持ちも良いんだろうけど、やっぱり私は無理だ。
友達には大感謝です。
なかなか経験できないこの一瞬に参加できたこと、有り難いです。

私は朝5時に起きて部屋と風呂掃除を済ませ、車で埼玉へと向かい、ダイビングに感動し、帰りは母の日なので娘とお墓参り、そして家に着くとまだ早い時間だったので、店で二時間ほど仕事をして今はまったりとウィスキーを飲みながらここにいます。

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今月も楽しい休みになりました。
来月は恩師の所で皆でバーベキュー!
意識不明にならぬよう気をつけて楽しみたいと思っています。

審査に合格したければここ大切 祈り

審査は最後は祈りだといつも思っています。

だからこそ、審査に行く前に一番信じて一番心配している人に、言います。

「絶対に合格します」

「合格を祈って下さい」

この言葉なかなか言えないです。

もちろん全ての人が合格すると心を入れて稽古を重ねています。

そうは言っても合格率が10%前後ならそんな簡単に合格出来ない、と思うのです。

それを打ち消すのです。

万が一落ちたらこんなこと言っては、期待をかけ過ぎてしまう、もし落ちたら恥ずかしい、あとでなんか言われるのも嫌だし、・・・・

そう落ちて、また周りから嫌味を言われるなんてW地獄なんて避けたいですよね。

でも、ここ大切!

誰にも「合格する!」というのではなく、一番信じている人にだけ言う事が本心を表す事の祈りだと思います。

三回に分けて書きましたが、読んで頂いた方に本当に感謝します。

そしてなによりご覧頂いた方の昇段を祈ります。

自分の思いを言葉にする事、それが一番の勇気だと思いす。

愛している大切な人に「愛しています」と言える勇気がなかなか表せないと同じかもしれませんね。

大変生意気な文章を書き、ご気分を悪くなされた方もいらっしゃるとは思いますが、お許し下さい。

感謝

その2

審査はだいたい一分間で行うことを意識しながら稽古すること。

たくさんやってもいい加減な気持ちで稽古すると逆に悪い癖が付いてしまう。

試合に勝ちたいと思う人は質より量だと思います。
たくさん稽古することで色々な人から打たれないことを体に身につかせることが何よりだと思います。

変な言い方ですが学生を強くさせたければ、切り返しと掛かり稽古と試合練習を多くやれば強くなると思います。

勝つことが一番と考えるなら、どんなことをしても負けないという心を強く思うことです。

審査はその逆と考えても良いと思います。

避けることよりも正しく構え、打ち抜くことが重要だと思っています。

だから試合に弱くても審査で合格出来るのです。

合格したいならいつも心の中に思って稽古して欲しいことがあります。

人に伝えるときにはなるべく少なく重要なことを五個と決めて言います。

地稽古のとき誰とやるにしても一分間で一区切りと考えてする。

自分が上席なら自分のペースで行えるけど、掛かる時は難しいと思うかもしれませんが、かえって掛かるときほどこれが大切と思うのです。

一生懸命全力でやりながら、時間を見失わずにやること。

その一分間の中で何を重要と考えて行うか。

まずは決めた事をしっかりやっているかと自分の稽古を確認すると良いかもしれません。

私が思っている重要な五個の事。

その1、心の中で「はじめ」と言ったら必ず右足を一歩出して大きな気合をだす。

その2、自分の竹刀の先が相手の中心に位置して主導権を取っているかを確認する。手元よりも剣先に心を入れる。

その3、技を打つときは迷わず全力で打つとしっかりと思ってから打ちに入る。
根拠の無い打ちはしないこと。自分の出す技に理由を当てはめてから打つ。

その4、後半に入ったらもう一度全力で大きな声で気合を出す。

その5、当たっても当たらなくても打った後は残心を示す。

なんだ、これは当たり前なこと。
だと思うのですが、それを稽古の中で一分毎に行うとかなり体も、心も疲れます。

当たり前な事を出来る人、それを見過ごす人、そんなことどうでもいいと思う人、この考え方の差が審査への10年後に変わってしまうのです。

もっと言えばこの指導は誰しも先生から聞いていると思うかもしれませんが

ここ大切!

自分が考えた事じゃない事は身に着きにくい

耳で聞いてわかっていてもついつい忘れてしまう。

そう、だから師匠が重箱の隅をつつくような心を持っていると稽古中ちょっとでも違うと

「それ違いますよ」
「今打ったのは結果オーライ的な気持ちでしょ」
「当たれば師匠は納得するとでも思っているから、動きに反応してる。それは試合。」
「美容師さんや植木屋さんはイメージ出来た時初めて鋏を入れる。適当に鋏を入れてから後で何とかする。なんて思っていないですよね。お金をもらって切る。間違って切ってしまったら元通りには出来ないですよね。」
「当たった!なんて日頃の稽古で重点を置いている証です。」
「目指している段に心を込めているなら、そんなレベルで自分評価をしない」

一本打つたびにこんなコメントを言われれば疲れますよね。

だから稽古時間も回数も少なくないとね。

当たり前です、こんな気持ちは長くは持ちません。

そして地稽古は人それぞれの時間で行いますので、掛かる時はその状況の中でも、一分の間を確認しながら何度も繰り返します。

そして審査への心構え

つづく