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剣道は打つ事より打たれることの方が難しい

剣道はやはり格技、格闘技、率直に言えば竹刀で相手を打ち、当たれば勝ち。
強くなりたいと思うのは当たり前、どんな内容でさえ勝てば英雄にもなれます。

でも、剣道は試合の他に段がありそれはただ強いだけでは合格出来ないのです。
ある時代の剣士はどんな事をしても強ければ一番という時代もあったと聞いています。

私がその時代に生まれていたらもしかしたら名を残せたかもしれないと思えるほど勝つためにはなんでもやってきましたし、出来ます。

今は過度の行為は試合では反則ですし、稽古でもやってはいけない足掛けや、かちあげ、鍔ぜりから相手を押す、また殴ってからの面など、他にもありますが私は大きな体を利用して試合をしてきましたね。

けが人も数名出した事はお詫びします。

勝つ事は出来ても私は剣道が好きではなかったかな? 

高校時代剣道推薦で入学したという事は剣道辞めたら学校も辞めなければならない。

辞めずに自分の思い描く剣道をすれば良いじゃないかというとそれが難しい。
推薦者は一応選手候補になり、試合に出され結果が重視される。

もちろん勝てなければ選手に外される、私はそれで良かったが、部員が少ないので外されない、今の人材でなぜ勝てないのかとより厳しい稽古になる。

簡単です、今でさえギリギリの稽古内容なのに、負けたらもっと厳しくなる。
だったら、勝つしかない。

英雄になりたいのではなく、ただただ厳しい稽古をしたくないだけ。

だから必死に勝つために手段を選ばず試合で結果を残す。
これだけでしたね。

今にして思えば辛かったけど、甘く人生を考えていた自分にはよかったです。

その時代があるから今の私の剣道があると師匠には感謝しています。

歳を重ね、八段審査にも挑戦をさせて頂き、また多くの弟子たちに支えられ、本当に剣道の意味とは何と思う事があります。

私が若い時、ある先生と稽古した時に頂いた言葉
「あなたは強い、でもそれは試合なのですよね、稽古は相手がまたあなたとしたいと思えるか、今のあなたの剣道は『殺人剣』、長く剣道を真剣に取り組むなら『活人剣』の意味を考えてほしい、たくさん打たれた私があなたに言うのは、負け惜しみだと思ってもらっても良いのですが、相手が笑顔になれて望みを持てる事が本当の剣道なんですよね」

私は剣道に携わりもうすぐ50年が経ちますが、その先生が言いたい事が少し感じられるようになりました。

他の競技、スポーツを見下しているのではありませんが、どんなやり方でも当たり、入りすれば得点となり、そのあと喜び騒いでも得点に対しての関係性はなく、また審判の判定にも不服申し立てすることや、選手、審判に対してもみ合い殴り合いまでする。

応援も盛り上がる。
ある意味、興奮するし、一体感もあるし、なにしろわかりやすい。

見ている人は「わーわー」騒ぎたいと思うにきまっています。

剣道は基本的には応援は拍手、言葉は掛けない。

私なりの例えですが、良い剣道の試合はクラシックコンサートに似ている。

観客は演奏中いくら素晴らしくても、拍手、もちろん掛け声もしません。

でも終われば、席を立ち全力の拍手をする。

剣道は高段者の試合ほど見ている人は静かです。

有効打突の判定が自分の感じ方の逆でであっても、審判に対してふてくされる姿は表しません。
(もちろん本音はあります)

また技が決まったあとにガッツポーズなんてしませんし、したら取り消しです。

まったく派手ではなく、変な言い方ですが、剣道を知らない人にとっては本当につまらないです。
もっと言ってしまえば、試合で一本に対する明確な基準が曖昧なのです。
「気剣体の一致」
これは少々剣道をしている人でも見極めが難しいのです。

まぐれ当たりはダメだけど、抜き技、気を外す技は有効。

その線引きって。

つづきます
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コメント 2

kaneyan

殺人剣と活人剣のくだり、心に響きました。
by kaneyan (2018-04-04 22:30) 

義風

ありがとうございます。まだまだ私には活人剣には修行が足りませんね
by 義風 (2018-04-05 21:17) 

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